ルポ

2005年11月28日 (月)

寝台特急北斗星 南へ その1

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プロローグ

11月18日、函館。その日の朝9時の気温は、2度。長かった北海道出張も最終日を迎えました。

3週間も連続して北海道に渡るわけですから、飛行機ばかりでなく、そのうち一度は寝台特急に乗って旅をしてみたいと思っていました。いつ実行するかと考えたのですが、1週目の旭川~北見の行程では、かなり無理をしなければ乗れないという事情もあり、第2週目の帯広での仕事を終えた後、南千歳まで移動して、そこから乗車するというという予定を立てました。しかし、流石に人気のブルートレイン。予定の1週間前に地元のJRの駅で打診した段階で、個室(シングルソロ)は満席でした。

このため最後のチャンスとなった第3週のスケジュールが確定した日に、改めて状況を確認してみました。ちょうど5日前でしたが、これで空いていなければ、「ま、しゃぁない。」と思いながら・・・。そうしたら、JRの駅員さんから、「1席だけ空いていますよ」との回答。速攻で予約を入れました。

このとき、予約ができたということだけで満足してしまい、後でちょっと後悔する、あることを失念したのですが、その時は来る週末に北斗星で帰って来れるということだけで充分だったのです。

寝台特急北斗星に乗るのは、僕にとって実は2度目でした。一度目の時も、偶然チケットが取れたのをいいことに、何の準備もせず乗車したのですが、その時にちょっと困ったことがありました。それは、予約がなければ、食堂車で食事ができないということでした。このため、その夜はビールとクラッカーか何かでひもじさをしのいだ思い出があります。

それと、ビジネスホテルでは、今や当たり前となっている歯磨きセットなんかも備え付けがなく、出張用に一通り持参していたので、特に困ることはなかったですが、こういうところは少しサービスを良くするか、環境のために自前のものを持参くださいとアナウンスするかどちらかにしたほうが、よろしいのではないでしょうか。

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ちょと前に述べた後悔云々というのは、こういうことです。

それは16日(水)の夜、今回の行程の起点だった札幌に着いた日のことでしたが、「そういえば、食堂車に予約を入れていなかったなぁ」ということを思い出しました。「以前、食事にありつけなかったこともあるし、ここは一丁予約を入れないと・・・」と思い、札幌駅のみどりの窓口を訪ねました。写真は、JR札幌駅)

駅員の人に、北斗星の予約チケットを見せて、「あの、18日の北斗星に乗るんですが、食堂車は予約が必要なんですよね?」と聞いたところ、「そうですよ」と返事がありました。「それで、いつの予約なんですか?」と尋ねられたので、「18日の夜です」と答えたところ、駅員さんは「18日ですか・・・」と何か意味ありげにちょっと間をおいて、おもむろに分厚い約款のようなものを取り出しました。

ぱらぱらと冊子のページをめくって、「ああ、やっぱり」と、僕が「え?何ですか?」と聞き返すと、駅員さんより「予約は3日前の21時までなんですよ。ですから昨日までですね!」とのお答え。「えぇ、そうなんですか?」とちょっと落胆しました。「全然ダメですか?」と少し粘るも、「ごめんなさい」とのつれないお返事。一人旅なのでフランス料理はともかくとして、懐石御膳くらいはと思い描いていた構想が音をたてて崩れていきました(とまではね。まぁ・・・)

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函館なら、名物駅弁もあるしきっと豪華なお弁当なども仕入れられるかな?っと、ちらっとは思わないでもなかったのですが、まだ、室蘭で一仕事残っていたので、その前に荷物を背負い込むのもいやだし、朝から食べ物を仕入れて悪くしてもナニだし、それに室蘭もそれなりに大きな町だから、たぶんそれなりの弁当くらいあるだろうと思いながら、函館発午前11時の特急スーパー北斗7号で、東室蘭に向かいました。写真は、JR函館駅)

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列車が動き出した時の函館は、曇りでときどき小雪交じりというお天気でしたが、森駅をすぎて、右手に内浦湾が見えてくると、鉛色の空は雲の白と空のブルーとのツートーンに変わっていました。特急スーパー北斗7号(写真)は、ディーゼルエンジンをうならせながら快調に走り、定刻の午後1時1分に東室蘭に到着したのでした。

(写真先頭は、このシリーズのシンボルイメージ:DD51の牽引する北斗星)

              to be continued

お断りこのシリーズは、連続ものとして掲載します。それも、筆者の気が向いた時に書かれるだろうと思います。何話で完結するか分かりませんが、ご期待(される方は、ご期待)ください。

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2005年11月 9日 (水)

ふるさと銀河線よ永遠なれ

気象情報を伝えるテレビによると、北海道の平野部にも今年初めての雪が降ったという。いよいよ北の大地にも冬がやってきたらしい。

今回の旅程2日目は、北見を発って次の目的地、帯広に向かうというものでした。北見・網走エリアから十勝エリアに移動するには、空路が無いために鉄道を使用するしかありません。(クルマを除くならばということです)現在この役割を担っているのが、ふるさと銀河、正式名で呼ぶならば、「北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線」です。

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■JR北見駅の隣にある北海道ちほく高原鉄道株式会社の本社

ご存知の方も多いと思いますが、このふるさと銀河線の運営主体である北海道ちほく高原鉄道株式会社は、、今年の4月21日、北海道運輸局に対し鉄道事業廃止届を提出しました。これにより、平成18年の4月20日でもって運行を停止すると公示されていますちょうど、この日のHBCテレビの午後6時台のニュースでも、ふるさと銀河線の廃止についての特集(タイトル「ふるさと銀河線 最後の秋」)を組んでいました。そこで紹介されていたことをすこし書いておきましょう。

ふるさと銀河線は平成元年の6月4日に開業しました。開業2年目の平成2年こそ、102万人の利用客がありましたが、だんだんとジリ貧になって、昨年は45万人の利用しかありませんでした。

ふるさと銀河線の駅は33あるそうですが、そのうち7駅のみが有人駅で、残る26は無人駅です。有人駅の駅長さんは、その有人駅の近辺の5、6駅の保守をして回らなければならない役割があり、奥さんと2人で無人駅の清掃をしたり、ポイントの点検をした上で設備を磨いたりと、赤字ローカル線ゆえの運営の厳しさも垣間見せてくれました。

ふるさと銀河線に残された日々は、後162日です。代替交通はバスが検討されているようですが、バスになるとさらに運賃の値上げをしなければいけない模様ですし、利用客などからは長く乗車するのに、バスではトイレもなくて困るのではないかとか不安そうに話す住民の方のコメントなどが紹介されていました。

実際、この地域でも鉄道を利用しているのは、高齢者の方が多いのではないかと思います。若い人はおそらく車を使うのではないのでしょうか。このような現状から鑑みると、高齢者への配慮などのためには、存続が必要ということになるでしょうし、過疎の問題とか新しい利用客の減少に歯止めが効かないといった採算面の問題を中心に据えると、存続は厳しいということになるのでしょう。

よそ者の僕には、あまり無責任なことは言えませんが、やはり沿線の住民の方々がこの鉄道をどうしたいのかということを、公共性の面や利便性、経済性、行政からの支援の問題、いろいろな面から改めて考えてほしいと思うのです。鉄道を廃止するのは、簡単にいつでもできます。でも、一度廃止した鉄道を復活させることは、実質的に不可能だからです。確かに僕はよそ者でありますが、存続の一助になるということであれば、なんらかの協力はしたいと思うのですが・・・。もう、遅いですか?

さて、それでは今日の旅について書きます。

北見駅午前9時15分、前日のブログ書きが深夜に及んだために、ちょっと寝不足気味の僕は、3泊4日の重い旅支度を抱えて北見駅にかけ込みました。北見発9時20分のふるさと銀河線に乗車するためです。

北見駅からターミナルの池田駅(JR根室線池田駅と共同駅)への通し運転をする列車は、1日に4本しかありません。この列車を逃すと、次は午後2時48分発の普通列車となり、到着の時間は、出発時の6時間間隔よりさらに開いて、7時間となってしまいます。ですから、都会と違い1本の列車への乗り遅れが、1日の使い方に大きく影響してしまうのです。

北見のディゼルカー

■北見駅で発車を待つふるさと銀河線快速 銀河

北見発9時20分の列車は、すでに北見駅2番ホームで発車の時を静かに待っていました。快速というタイトルをもっている銀河ですが、やっぱり1両編成のディーゼルカーなんですね。

ギリギリに駅についたとは言え、しょせんローカル区間の列車だし、きっとガラガラだろうと高をくくっていたら、さにあらず。4人掛けのボックス席は、ほとんど先客で占められていました。しかし、スタート時の乗客はまだ14人でしたので、地元の女子高生が座っていた長椅子の反対側の端っこに座ることができました。

車内の乗客は、どんな人が多いのかな?と見渡してみたところ、今日のこの列車は地元のお年寄りや学生さんよりも、サラリーマン風のおじさんやら、明らかにレールファンらしい30代くらいのご夫婦と、後で分かったのですが、このふるさと銀河線が廃止になると聞いて、写真撮影に来たのではないかと思われる年配のご婦人たち数人といった顔ぶれでした。

定刻になると、ホームのベルに送られることもなく、静かにドアが閉まり、1両のディーゼルカーは終点帯広に向けてスタートしました。北見を発車した頃は、まだ街らしい風景なのですが、だんだん民家が点在するようになってきます。8分ほど走ると、最初の停車駅上常呂(かみところ)に到着。乗客はなく、数秒の停車の後にすぐ出発。上常呂の駅には、ホームにメモリアルレールといういろいろなところ(駅?)のレールをモニュメントのように飾ってあったのが見えました。

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■訓子府近辺の風景

3つの駅を通過して、次の停車駅の訓子府(くんねっぷ)に到着。訓子府では、池田発午前6時57分発711Dとの、上下列車の交換がみられた。1人の乗客をあらたに加えて、列車は再び出発してゆく。このあたりまでは、まだ、耕された畑の黒々とした土と何か植えられているのか(それとも耕される前の畑に草が生えているのかよく分かりませんが)青々とした畑とコントラストがくっきりとした景色の中をディーゼルカーは走っていきます20051109095241.jpg

■置戸駅舎とディーゼルカー

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■置戸駅の駅名板

北見を出発してから30分くらいして、置戸(おけと)に着きました。ここで、今までの中では一番の乗客の動きがありました。置戸は網走支庁の南西の端に位置し、十勝支庁と境を接する緑と清流の町です。ここで、駅名板を撮影すべく試みるも、とにかく停車時間が短くて、ホームに下りるのが怖く、腰がひけてしまう。駅名板を撮るには撮ったが、車両の中からおっかなびっくりで、小っちゃ~いものになってしまいました。

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■北勝峠付近の森林風景

ディーゼルカーは、置戸駅を後に再び出発していきます。駅近辺の耕作地を抜けると、山が深まったというか、ひたすら白樺などの落葉樹の森の中を走り抜けていく。赤や黄色に色づいた木々が晩秋を迎えて、冬枯れになる前の乾燥した色合いで乗客たちを迎えてくれました

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■陸別付近の風景

ディーゼルカーは、陸別(りくべつ)に向けてただ、ひたすら淡々と走っていきます。民家はほとんどなく、林や森が続いていく。松山千春の歌じゃあないけれど、空と大地をの存在感が本当に大きく感じられるというか感じざるをえないというか、うまく説明できないですがそんなことを考えたり、椅子にもたれながら後ろに流れていく風景を眺めてたりしていると、自分が、何か漂泊の旅でもしているような気分になってくるので不思議です

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■陸別駅舎

陸別の駅名板

■陸別駅の駅名板

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■陸別駅に着いた快速 銀河

北見をスタートしてから、約1時間で陸別駅につきました。陸別は日本で一番しばれる町というキャッチフレーズの町です。盆地のため、寒暖の差が激しく、冬季は氷点下30度以下になることもしばしばだそうです。観光スポットとして、銀河の森天文台などがわりと有名です。ここは、日本最大級の115cm反射望遠鏡をはじめ、小型望遠鏡4基、4連太陽望遠鏡等を備える公開天文台ですが、さすがに、冬季には低緯度オーロラがまれに見られる土地柄ゆえでしょう

足寄のディゼルカー

■足寄駅での上下列車交換風景

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■足寄駅の駅名板

陸別を発車すると、大誉地(およち)、上利別(かみとしべつ)と停車して、ディーゼルカーはふるさと銀河線のメインステーションである足寄(あしょろ)に着きました。ここで、5、6人の乗客が乗り込んできて、乗客が入れ替わりました。ここでも、池田発午前9時55分発の713Dと上下列車の交換が行われたのですが、停車時間がわずか1分と短く、ホームに下りて写真を撮っていたら、駅員さんに早く乗車するように促されてしまいました。

足寄とはアイヌ語で沿って下る川という意味だそうで、この町のキャッチフレーズは、日本一広い町。足寄町の面積は、1400平方キロで、およそ香川県に匹敵する面積を誇るそうです。大陸性気候のために、夏は暑く冬は寒い。また、一年を通じて晴天が多く、予想に反して降雪量は少ないということです。足寄出身の著名人としては、歌手の松山千春、国会議員の鈴木宗男がいます。名物としては、日本一大きな食用フキであるラワンブキがあります。

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■本別駅ホームの風景

駅に35メートルの展望塔を備える足寄駅をディーゼルカーが出発した時に、改めてカウントしてみたのですが、途中で数人の入れ替わりがあったものの、乗客数は18人と車内が少しにぎやかになり、足寄の次の停車駅である本別駅でさらに多くの乗客が乗り込んで来て、ここにきて車内はほぼ満員の状態になりました。

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■JR池田駅のホーム風景

快速 銀河は停車はしないものの、本別の次に置かれている岡女堂駅には、この8月に来たことがあり(2005年8月5日:タイトル 銀河鉄道参照)、ここからの風景には少しなじみがあるかなぁというように感じました。それに、足寄からは、それまで展開していた風景と少し趣がかわり、なんとなく明るくなった様に感じました。そうしているうちに、勇足(ゆうたり)、高島(たかしま)と停車しながら、ディーゼルカーもピッチをあげて走り、2本だった線路の本数が、急に増えたぞと思っていたら、ふるさと銀河線のターミナル駅である池田駅の構内に入っていました。

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■池田駅に到着した快速 銀河

この快速 銀河は池田駅で、JR滝川行きのキハ40と連結し、2両編成となって帯広まで乗り入れをします。このため、快速 銀河の車両であるCR75は、一旦、池田駅構内から出て、釧路方面にある待避線に入って、キハ40が来るのを待つのです

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■池田駅でキハ40とCR75の連結を行う

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■池田駅で2両編成となった快速 銀河

釧路方向からやってきたキハ40を先にやり過ごした後、再び、CR75がキハ40の後方からしずしずと池田駅の3番ホームに入って来ました。操車係のおじさんも手馴れたもの、あっという間に連結は終了しました。池田駅から乗り込む新しい乗客を迎えてから、2両編成となったディーゼルカーは、池田駅を午後12時に出発しました。

帯広に着いたディゼルカー

■帯広駅に着いた快速 銀河

池田からは、JR根室本線に乗り入れて走り、途中、十勝川とその支川である札内川の2本の大河川を越えて、終点の帯広に定刻の12時29分にすべり込み、3時間余りの旅が終わりました。

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■車両内部の天井には松本零士氏のサインが

ディゼルカー内部のメーテル

■銀河鉄道999でお馴染みのメーテルや鉄郎などのキャラクターも、ふるさと銀河線を盛り上げてくれているようだが・・・

北見から帯広までは、3時間9分の旅でしたが、ふるさと銀河線は、僕の予想に反して、乗降するお客さんが多かった。ということは、それだけ地域の人たちの足になっているということ。前段でも述べましたが、地域の足はもちろんのことそれ以外のニーズを掘り起こして、ぜひこれからもあり続けてほしいものだと思わずにはいられませんでした。きっと、応援している人たちもたくさんいると思うのですが・・・。

(写真先頭は、ふるさと銀河線のディーゼルカー)

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