

ANAのプレミアムメンバー向けの季刊誌に、AZURE(アズール)というのがある。これは、ANAのプラチナメンバー以上のハイステータス会員向けのサービスの一つで、毎四半期末に会員の自宅に送られる。6月末に届いた2008年夏号をパラパラとめくっていたら、「世界で一番美しい空港」の正体って何?という記事が目に止まった。出だしにはこんな風に書いてある。
沖縄のはるか南方、宮古島の対岸にある下地島(しもじしま)は、珊瑚礁で囲まれたなんとも美しい島。リゾートとしては未開発で、観光客はほとんど見られず、海は極めて澄んでいる。が、そんな美しい海の上を、綺麗な弧を描いて頭上に迫るA320型機-。滑走路に着陸するも、再びフルスロットルでテイクオフ。いわゆる「タッチアンドゴーが繰り返される。
少し前までは、北海道で仕事をしていたのに、今度は石垣に行けという。最初に石垣島に行ったとき、石垣島など多分、これが最初で最後だろうと思っていたのに、ここ3年で3回目・・・。ということは、1年に一度は足を運んでいるという計算になる。これも巡り合わせというべきなのか、縁(えにし)とは、なんとも不思議なものである。
そのうえ、今回はその前に宮古島にも行くハメになった。このくそ暑い夏にである。「マリンスポーツを楽しむためにやってきました」という出で立ちなら、なんとなく馴染めそうな感じもするのだが、こちらの格好はスーツにネクタイ。仕事で来たのだから、当然と言えば当然なのだが、同じ飛行機の中をスミズミまで見渡したとしても、そんなヘンな格好をしている人間は、私と今回の相方以外誰もいなかった・・・ハズである。
こうして、宮古島までやってきた。天気は晴れ。気温33度。梅雨の明けた南国の空にはまばゆいばかりの日差しが溢れていた。ただ、日向を歩いていると確かに暑いが、日陰に入るとスッと涼しく感じられる。それに常時、風がそよそよと吹いているせいか不快感はさほどでもない。東京の夏の方がよほど不快だということを、こちらに来て強く思った。

■だんだん離れていく平良港
宮古での仕事が思いの外早く片付いたので、街中から港まで歩いてみることにした。宮古島の拠点港は平良(ひらら)港という。てっきり宮古島港かと思ったら、そうではなかった。多分、昔の行政区画名を名乗っているんだろうと勝手に納得することにした。この平良港から対岸(?)の伊良部島にある佐良浜港に向けて、カーフェリーや高速船が20分から30分おきに出ている。港にある乗船券売場で聞いたところによると、高速船なら伊良部島まで10分くらいで行くらしい。しかしながら、私が港に来た時は、ちょうど高速船が出発したばかりで、次の高速船までは40分ほど待たねばならなかった。
さて、どうしたものかと思いあぐねていると、乗船券乗り場のご婦人から、急げばフェリーに乗れるからと促された。ちょうど13時50分発のカーフェリーが出港する間際で、「あの、フェリーは次の高速船より前に島に着くから」という。そんなことから、何だか追い立てられるようにカーフェリーに駆け込んだ。乗船の目的は特になし。エメラルドグリーンの海を船で島に渡りたかった。ただ、それだけ。時間にそれほどの余裕がないので、そのまま折り返して、宮古まで戻ってきてもよかった。
旧式の冷房機が室内をゆるく冷やすキャビンから、潮風に吹かれようとデッキに出てみる。南国の空は気まぐれだ。すごくいい天気のはずが、時折、急な雨が混じる。見上げると、真上から後方にかけて、今にもシャワーOKと言わんばかりの黒い雲がかかっていた。

■フェリーから眺める伊良部島全景
しばらく、船の後ろ側から離れていく宮古島を眺めていたが、15分くらいして前方にポジションチェンジしてみたら、乗船前は彼方に見えていた伊良部島がもう間近に迫っていた。この段階では伊良部島に関しては知識ゼロ。「多分、そんなに大きな島ではないのだろう・・・」くらいのアバウトな感覚のまま、佐良浜港に接岸したフェリーから降りた。
まず、乗船券売り場に行ってから、帰りの便をチェックする。高速船なら、フェリー乗り場から500mくらい先にある伊良部離島振興総合センターに行けば乗れると教えられる。港にある観光案内ボードの前で、相方と「さぁ、これからどうする」と相談した。宮古島を発つ飛行機の時間から逆算して、滞在のリミットは午後4時くらいまでだろう。そうすると約1時間半くらいの持ち時間だな・・・という結論が導けた。しかし、ここは離島。何も考えずにやってきた旅行者に、安く便利に運んでくれる公共交通機関など容易に見つかる筈はなかった。
思案顔で立ち尽くしていたところ、こちらの動向を気にしている1台のタクシーがいることに気がついた。「どうせ、すぐ帰るから・・・」と思っていたので、タクシーに乗るつもりなどサラサラなかった。しばらく、伊良部島の観光案内ボードを眺めていたところ、そのタクシーの運転手さんは、こちらの思っていることを察したらしく、どこかに向けて車を出そうと動き出した。

■港に設置されていた伊良部島観光案内ボード
タクシーに去られてしまうと、いよいよ宮古に帰るしかなくなってしまう。とはいえ、周りを見渡しても、どうもタクシーを使うしか手がなさそうだった。それに、どうせ小さな島だから、タクシーで動いても大したことはなかろうという計算も働いた。なので、動き始めたタクシーを制して、「島を一周するといくらくらい?」と運転手さんに聞いてみた。因みに、伊良部島では観光タクシーというものがないらしく、何時間コースでいくらという料金体系ではなく、全てメーターによるカウントでの支払いとなる。
運転手さんによれば、「一周だと6000円くらいかな」という。相方と割勘にすると比較的妥当なところかと思われた。では、時間はどうかと尋ねてみた。何故なら、島の案内ボードには、島一周には2時間半くらいかかると書いてあったからだ。「午後4時10分の船でどうしても帰りたい。それでも主だったところは行けるか?」と交渉してみたところ、大丈夫との返事だった。これにて、交渉成立。こうして、予期もしなかった伊良部島巡りが実現することになった。
運転手さんは、それはそれは饒舌な人で、言葉に気を遣いつつも、語尾はやっぱり「○○サ~」という沖縄訛りの混じる解説を、案内の最中ずっとしてくれた。伊良部島の人口は現在7000人くらいであること。他の池間島とか来馬島と違って、伊良部島は宮古島と橋で結ばれていないため、却って島の伝統や秩序が守られていること。だから、この島には泥棒はいない。他の(宮古と)陸続きになった島では、出かける時は鍵をかけるようになったそうだが、伊良部島では今でも大丈夫なんだということ等々。
民家がたくさん見渡せる集落にさしかかった時、どの家もみんな窓を開け放していることに気づいた。本土なら、この時間でも、窓を締め切ってエアコンでもないと・・・と思うのだが、島の人は、殆どエアコンなど持っていないという。実際、窓を開け放すだけで、海風が吹き抜けて十分過ごしやすいのだそうだ。前にも言及したかも知れないが、島では日向にいるのと日陰にいるのでは全く暑さが違う。本土のように蒸し暑いと感じることはなく、程よく涼しいと感じるのは、多分気のせいではあるまい。

■フナウサギバナタの展望台。秋に飛来する「サシバ」をかたどって作られた。

■フナウサギバナタ岬の断崖絶壁から眺める海。もう30cm前に出ると体が宙に舞う。
しばらくタクシーを走らせて、運転手さんは海の見渡せる高台で車を停めた。眼前には何やら鳥をかたどった展望台のようなものがある。運転手さんから、フナウサギバナタの岬だと教えてもらう。鳥の形をした展望台といい、ウサギがどうのこうのという岬の名前といい、鳥がウサギ狩をするような場所なのかと思ったら、そうではなく、土地のことばで「フナ」は船、「ウサギ」は見送る、「バナタ」は岬だと運転手さんが説明してくれた。今では見られなくなったそうだが、かつては、佐良浜の港からカツオ漁の大船団が出ていたのだそうだ。船は、一旦出港すると、半年は漁から戻れない。猟師の家族や親族は航海の無事を祈るために、この岬から、洋上に船の姿が見えなくなるまで見送ったという。そんな思いが込められた海だからなのか、大船団の進行方向にあたる東シナ海の海は、切なくそこはかとなく藍い。断崖絶壁の岬の突端から眺める海は、今まで見てきたどこの海よりも美しかったと言っても、過言ではないだろう。
この後、遠浅で静かな海に転がる大きな岩が特異な風景を見せてくれる佐和田の浜に立ち寄りつつ、伊良部島の隣に位置する下地島に入る。現在、下地島に住む島民の世帯数はゼロだそうだ。尚、下地島には昔から島民がいなかったかといえばそうではなく、空港を建設する際に、沖縄県が全ての島民の土地を収容したので、これに伴って島民は退去したらしい。運転手さんによれば、そのお金で別の場所に移った人もいれば、沖縄らしく(?)手にしたお金を全部使ってしまったという話もあるそうだ。

■世界で一番美しいと言われる下地島空港のRwy17エンド。エメラルドグリーンの海に伸びる誘導灯

■DHC-8-400によるタッチアンドゴーの風景。一枚の写真では到底表現はできないが・・・。
島の景勝地を訪ね歩きながら、こうして、雑誌の中でしか見たことのなかった「世界で一番美しい」という下地島空港にやってきた。何か出来すぎの感がしない訳でもないが、まるで運命が導いてくれたようにも思えた。珊瑚礁に囲まれたエメラルドグリーンの海の上から飛行機がスーっと降りてきて、着陸するかと思うと、グングンスピードを上げて、再び青い空に向かって急上昇してゆく。ちょうど、飛行場ではエアーニッポンのDHC-8-400型機が何度もタッチアンドゴーを繰り返していた。運転手さんによると、この訓練による人身事故はないとのことだが、飛行機事故はしょっちゅうだそうだ。着陸がうまくいかず、飛行機がダメになったという程度の事故は、一度や二度ではないらしい。パイロット達は多分、必死の思いで訓練を繰り返しているのだろう。遠い空で旋回する飛行機を目で追いながらそんなことを思う。まるで宝石のような景色が広がる穏やかな空間の中で、こんな厳しい訓練が行われているなんて・・・。そのギャップが何とも不思議に思えた。

■通り池(海側)
下地島空港でのタッチアンドゴーも見られたことだし、もうそろそろ引き上げてもいいかなと思っていたが、タクシードライバーから現地の観光ガイドと化した運転手さんの薦めにより、もう2箇所ほど島巡りを続けることにした。
下地島空港を西側にぐるりと半周ほど回ると、深いコバルトブルーの海水をたたえている二つの池に行き着く。この池の名は「通り池」という。二つの池と書いたが、実際はひとつにつながっていて、天然の岩の橋によってセパレートされているので、池が二つ並んでいるように見えるだけだ。池だというので、外の世界とは隔絶しているのかと思いきや、底では洞窟で外海とつながっているという。外海が多少荒れていても、通り池の中は波静かだとか。水深も各々40mと50mほどあり、島内外のダイバー達からは、絶好のダイビングスポットとして人気があるらしい。
通り池から渡口の浜に回る。長さ800m、幅50mの真っ白な砂浜とエメラルドグリーンの海のコントラストが美しい。しばらく海でも見ながら寛いでいたいところではあったが、帰りの時間が迫ってきたので、佐良浜港に向かうことにした。普段はそんなにスピードは出さないのだが・・・と運転手さんが言うので、スピードメーターを覗き込んでみたら、時速60kmだった。島の感覚はあくまでも緩やかだった。
港まではまだ少しかかろうかという地点にさしかかった頃、料金メーターは5500円とカウントした。運転手さんが、「後はサービス」と独り言の様に呟いてメーターを倒してくれた。「観光コースを全て回っていないのに、6000円を超える料金は取れない・・・」きっと、そんな思いでメーターを止めたのだろう。こちらへの何気ない気遣いがちょっと嬉しかった。だから、港に着いたとき、「ガイド料がカウントされてなかった様だよ。では、これで丁度だよね・・・」と6000円を渡した。二人を見送るために車から出ていた運転手さんは、逆光の中で穏やかに笑った。1時間半で赤黒く焼けた二つの顔を見比べながら・・・。夕刻とはいえ、まだ日の高い南国の港には、心地よい海風がそよいでいた。
(写真先頭・上下:ANAの季刊誌AZUREとその記事)
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