雑記

2009年9月 5日 (土)

続・風のガーデン

「スノードロップは、雪解けの時期に真っ先に咲く花です。おじいちゃんの作った花言葉は、去年の恋の名残の涙です」。ドラマ「風のガーデン」は、主人公・白鳥貞美(中井貴一)の息子・岳(神木隆之介)のナレーションと花(スノードロップ)のクローズアップに始まり、舞台はすぐに東京に移る。

主人公の白鳥貞美は、高林医大病院のエリート麻酔医。一日に何件もの手術に立会いながら、後進の指導にもあたるという多忙な毎日を過ごしていた。仕事の合間には、軽妙なジョークで周囲を笑わせるなどナースたちにも人気がある。貞美がなぜ、東京で独身生活を送っているかなど、主人公の身上は徐々に語られていく。

貞美は、富良野の出身で、元は大学病院で外科医を務め、現在は地元でターミナルケアを専門にする医師・白鳥貞三(緒方拳)の家で生まれ育った。貞美には妻がいたが、知能障害をもつ息子のことを一人で背負わせたこと、また、同僚の妻でナースの内山妙子(伊藤蘭)と深い仲になってしまったことなどで、自殺させてしまう。妻を自殺させたことに、父貞三は激怒し、勘当のうえ二度と富良野に近づくなと貞美に告げていた。

■林の向こう側にはゴルフ場の名残がまだ残る

ある日、貞美は院長から、他の病院で行われるすい臓癌手術への協力を依頼される。患者は、外資系ヘッジファンドの黒幕で、不正取引でマスコミを賑わせている二神達也(奥田瑛二)だった。その夜、歌手のたまごで、以前、患者として知り合った氷室茜(平原綾香)とデートし、今度の学会が札幌であるのでそこに来ないかと誘う。

二神の症状は治療が及ばないところまで進んでいたため、延命治療に切り替えることになった。しかし、二神は病院の指示には従わず、勝手に退院してしまう。この頃、貞美も自分の体況の変化に気づく。以前、行った血液検査の結果や、時折襲う背中の痛みに不安を覚えるようになった貞美は、自らすい臓と肝臓のエコー写真を撮る。

■風のガーデンのシンボル「グリーンハウス」

学会に参加するため、貞美は3日ほど札幌を訪れた。部屋は別々だが、恋人の氷室茜も一緒だ。学会期間中のある夜、貞美は、札幌で開業医をしている友人の水木三郎(布施 博)に話があると告げ、自分の部屋に招く。その部屋で貞美からエコー写真を見せられた水木は、すぐに自分の病院で検査を受けるように勧める。検査を受けた結果、貞美は自分が末期のすい臓癌であることを知るが、水木に誰にも告げないよう口止めを頼む。

札幌から帰り、貞美は自らも化学療法を続けながら仕事に復帰する。そんなある日、病院から勝手に退院していた二神が、貞美の病院に担ぎこまれる。貞美は二神の緩和治療に取り組む傍ら、話相手になる。二神は、自分の死期のことや利用価値がなくなった自分を捨てていった周りに苛立ちを見せるが、貞美は同じ境遇にあることを隠しながら穏やかに接していく。

貞美の体況はますます思わしくなく、癌の痛みも頻発するようになるが、麻薬パッチなどを使いながら耐えていた。しかし、貞美の異変を敏感に感じ取った妙子が、突然、貞美の部屋を訪れ、問いただすが、貞美はシラを切り通す。しかし、この日、妙子は麻薬パッチの台紙をごみ箱の中に見つけてしまう。

初夏のある日、貞美は従妹の上原さゆり(森上千絵)に誘われて、札幌を訪れる。よさこいソーラン祭りで踊る娘のルイ(黒木メイサ)に会うためだ。多くの観衆の中で、ルイの姿を眩しそうに見つめる貞美。その胸にはどんな想いが去来していたか。この夜、さゆりの計らいで、ルイと貞美は6年ぶりに再開を果たすはずだった。しかし、再開は実現しなかった。北海道を離れる恋人との最後の夜を選んだルイは、さゆりの説得を振り切り行ってしまう。

■貞美が二神から譲り受けた診療設備付きのキャンピングカー。風のガーデンの沢向こうに今も残る

ルイに会えなかった貞美は、翌日、列車で富良野に向かう。そして、旧知の友人たちに顔を見られないように、内緒で妻の墓参りをする。この後、ルイが育てているガーデンを見に行くが、そこには息子の岳の姿が。いそいそと花の手入れをする岳を、貞美は、身を潜めて見守る。

■グリーンハウス内部の家具たち

簡単にストーリーに触れてから、本文にと思っていたら、丁度いい区切りをなかなか見つけられず、4話くらいのストーリーまで追ってしまいました。ドラマの方はもうDVDにもなっていますので、もし、ご覧になっていない方は、是非チェックしてみて下さい。

さて、ドラマ「風のガーデン」は人の生と死や家族の絆、医療崩壊、ターミナルケアなど非常に重いテーマに取り組んでいます。特に、人がどう生きて、どう死ぬかというようなことは、個々の思想、観念、あるいは哲学にも関わる問題なので、なかなか答えを示すのは難しい。この余りにも重いテーマに挑んだせいか、ドラマ「風のガーデン」は、驚くような視聴率を稼いだドラマではなかったように思います。

人が死に向きあった時、一体何を思うのだろう・・・おそらく、倉本聰先生の言いたいところは、こんなところにあったのではないかと思います。ただ、本当は、そんな小難しいことよりも、ガーデンの見事な出来栄えやそこに咲く可憐な花々を、存分に見せたかったのではないのかなぁ・・・と思ってしまうくらい、風のガーデンに咲く花々の描写は、細やかです。

ルイと貞美が歩いたバージンロード

では、ドラマの舞台になぜガーデンが必要だったのでしょうか?死後に最初に渡るという三途の川の向こう岸にあるという花畑を連想させるため?それも一つの理由でしょうが、それよりも、天使ガブリエルとして息子と再会し触れあいを深める場所であったり、娘と歩くバージンロードであったり、父との和解がなった場所であったりと、死への旅路につく貞美にとって、何にも代えがたいユートピアで、貞美が今まで犯した罪が全て許されるための場所、そのためにどうしてもガーデンという舞台が必要ではなかったのか・・・そんな気がします。

命というものには、終わりが来るけれども、また、新しい命が生まれ、そして育っていく。ドラマの最後にはそんなメッセージが込められているように思います。とにかく、考えさせられることも多く、テーマもとても重いのですが、見終わるととても優しい気持ちにしてくれる。「風のガーデン」はそんなドラマでした。またまた、倉本センセイの術中に嵌ったような気もしますが、富良野のガーデンともども、ドラマの方も改めてご覧になっては如何でしょう。

(写真先頭は、風のガーデンの入口に立つ門)

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2007年1月 7日 (日)

表参道ヒルズで

表参道ヒルズ

表参道ヒルズ正面

スパイラルスロープ

1月5日、明治神宮への初詣の後、穏やかな好天に誘われるまま、原宿から青山方面に流れながら、表参道を散策してみました。正月三が日明けの平日なので、人の流れも多少緩やかになっているかなぁと思いきや、相変わらずすごい人、ひと、ヒトでした。渋谷のハチ公前の笑い話ではありませんが、地方で、余り人ごみとは縁のなかった人たちからすると、「いったい今日は何の縁日なんだろう?」と誤解しても仕方がないくらいの・・・。でも、このあたりにとってはいつもと変わりのない日常そのままなんでしょうけどね。

昨年の3月31日の記事「白木蓮が咲いたら」にも書いたとおり、昔は原宿のオフィスに通っていました。ですから、このあたりは僕の庭のようなもの・・・な~んて言うとウソになりますが、時間は経ちましたが土地勘はあるのです。通り沿いを眺めながら歩けば、昔馴染みのカフェやダイニングバーなどはいくつか残っているものの、街の新陳代謝が進んだせいか、僕の脳裏にある街並みはそこにはありませんでした。原宿にいた頃の友人から届いた年賀状には、「今年原宿あたりで飲もう」と書いておきながら、「もう、私たちの居場所はないかなぁ・・・」なんて結んでいましたが、この気持ちもよく分ります。

欅並木に沿ってしばらく歩いていくと、昔は同潤会青山アパートという古びたアパートがありました。ハイセンスな建物が途切れて、古びたアパートが並ぶというコントラストは、いかにも表参道を象徴しているようで、僕としてはなかなか気に入っていたのですが、そのアパートも今は取り壊され、あの「表参道ヒルズ」のきらびやかな輝きに変わっていました。

「表参道ヒルズ」は、敷地の制約からか最近の商業施設には珍しく、地上6階(地下6階)の低層建築になっています。地下3階から地上3階には国内外の有名ブランド店が入居していますが、この6層分については、大きな吹き抜けとなっていて非常に印象的です。また、さらに特徴的なのは、ヒルズ内の6層の回廊が、全てスロープになっているということです。このスロープは、「スパイラルスロープ」と呼ばれていて、表参道と同じ勾配でもって造られているそうです。この「スパイラルスロープ」は、訪れた人たちが建物内部でも表参道の街歩きを楽しめるようにとのコンセプトで設計されているというように解説されていました。

確かに有名ブランドショップを巡る「スパイラルスロープ」はショッピングをゆっくりと楽しみたい人たちにはいいかも知れませんが、スロープになっているために、目的の店を目視できてもすぐにそこにたどり着けないというか、錯覚なんでしょうか、この階だと思って行ってみるも、1階下だったというようなちょっともどかしい目にあったりもします。

しかし、イタルスタイル、ドルチェ・アンド・ガッバーナ、アバハリス リーセンシィ オブ マイン等・・・ファッション系のショップが連なるエリアは、「厳選されたクリエイティブを探し出す場」「ライフスタイルに新しい解釈を与えるような最新の編集情報を発信する」という場のようですが、おじさん族にとっては、殆ど、意味不明。場違いなところに来てしまったという感は否めず、早々に撤退を決めこんだのでありました。

(写真上は、表参道ヒルズ西館)

(写真中は、表参道ヒルズのメインエントランス)

(写真下は、ヒルズお内部のスパイラルスロープ)

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2007年1月 5日 (金)

明けましておめでとうございます

明治神宮5

新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。と言いながら、ブログ更新にイチマツの不安を残しつつ、本年もなんとか投稿を続けていきたいと思います。

みなさんは楽しいお正月を迎えられましたでしょうか。また、ゆっくりできましたでしょうか?小生のほうは、釧路出張が終了したことをもって、それ以降はしばらく会社に顔を出さないという宣言(?)通り、2006年12月27日からの長期休暇に突入しております。今日でもってお休みも10日目になります。あと残り9日の休暇予定ですから、成就すれば、たぶん社会人になってからは初めてとなるであろう19連休が進行中なのであります。

とは言うものの、本当の意味での休暇と言うなら新年になってからで、12月31日までは、我が家恒例の大掃除等にこき使われる日々が続いておりました。いくら疲れているとは言え、一人でボケぇ~とさせてももらえるほど、我が家は寛容ではないもので・・・。

さて、「19連休とは羨ましい」と仰る方もいらっしゃるのではないかと思いますので、若干、言い訳・・・もとい、ご説明をさせていただきたいと思います。前回の記事でもご紹介いたしましたように、昨年も51回もの旅に出ております。その上、昨年は通常の業務以外の大きな臨時的業務(基本的には、オフィスワーク)が課された為に、年の前半で相当の負荷がかかるという状況となってしまいました。

さらに、臨時的業務の影響で、一人あたりの仕事量も通常の3倍に増えるという事態となり、やってもやっても処理しきれない内に、次の仕事が乗っかるという悪循環も生まれてしまいました。勿論、これに対処するために、タスクのプロシージャー(procedure)を変えたり、人員の増員にも踏み切って、それによって実際に軽減された部分もありましたが、付け焼刃ではどうしようもない部分、即ち、専門性に関するのスキルの問題は如何ともしがたく、難易度の高い仕事はどうしてもスキルのある面々に・・・というのもある意味仕方のないことだったと思います。

確かに、従来までの仕事では、楽勝~!という仕事も散りばめられており、それによって、バランスというか仕事のメリハリがついていたように思うのですが、この5月以降は、依頼される仕事の殆どが難易度=高のものばかりになりました。いくらスキルがあっても、難しい仕事を何でもないように片付けていく・・・、それも何事もなかったように・・・というのは、誰しも厳しいでしょうし、そのうえ、難易度の高い仕事に許されていた、複数人のよるコラボも縮小され、大半の業務に一人で立ち向かわなければなりませんでした。

こうなってくると、休日も返上してなんて日々が続いたり、ひどい時には、前日から徹夜でオフィスワークをこなして、当日に遠隔地への出張ということもありました。若い時ならいざ知らず、体力が衰えぎみの世代にとっては、睡眠不足はてき面にこたえ、行きの飛行機の機内では前後不覚に近い状態で眠りを貪ったことも幾度か・・・。

こんな生活も一時的なら何とかというように思いますが、これがずっと続いてしまうと、何か体に変調を来たすものです。ただ、体のほうは騙しだまし頑張ることができるにしても、ハートのほうが疲れてくると、これはちょっとくらいでは回復できないように思います。私としても、決定的なところまで、疲弊したのではないと(個人的には)思っているのですが、年の後半になると、所謂、「煮詰まった」状態に限りなく近づいていたのかな?というように思います。

「煮詰まった」状態になると、仕事に前向きに取り組もうという意欲がそがれてきます。ただ、仕事をサボタージュすると各方面からプレッシャーがかかりますので、何とかアウトプットをするものの、クオリティ面は劣化するし、今まででは考えられなかったミスを犯したり、なんてことが起こったりするようです。

こんな状態になりますと、プライベートな時間にPCを開いて・・・なんて気は全くなくなります。「なんで、プライベートにPCに向かわなきゃいけないの・・・」なんて心理状態に陥ってしまいます。このように、本業が超多忙になるにつれ、趣味どころではないという心理状態となったため、2006年後半のブログ書きはもう、ヘロヘロでした。

そんな自分のハートに潤いを取り戻すために、昨年から今年にかけて19連休を取ることに決めました。所謂、リフレッシュ休暇というやつです。何をするかなんて決めてはいません。できるだけボ~ッとしていたいと思うだけです。それに、平日のお休みは、昨年2月から溜りに溜まった代休を、それでも1/3くらい消化するに過ぎないのです。

上述した方針で、あと9日ボケーっとするつもりですが、早速、会社から難易度の高い緊急の仕事が発生したという連絡がありました。(現時点では、休みを返上してくれとは言われていないものの・・・)ただ、いくつかこのような仕事が翌週にでも発生すると、来週の休暇はどうかな~という微妙な感じもしています。なかなか、「さて、今年はのんびり行こう!」なんてのは無理みたいですが、なんとか、煮詰まらない程度に仕事して、また、いつか代休でドカンと休む・・・個人的には、こんな風にできればなぁとは思うのです。

久しぶりかつ、新年早々に愚痴っぽい原稿を書いて・・・という申し訳ない気持ちもありましたが、書いた小生の方は、ちょっとスッキリしました。そんなことから、今年はマ猪ペース(マイペース)でやっていくつもりですので、どうか見捨てずにたまにはお付き合いいただければと存じます。乱筆乱文、多謝。それでは。

(写真は、例年日本一の参詣者を集める明治神宮の初詣風景)

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2006年3月10日 (金)

続・アンフェアなのは誰?

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ご無沙汰しております。前回の投稿以来約2週間が経ってしまいました。ひょっとして、ブログをやめちゃった?な~んて心配してくださったアナタ、旅に出かけられる環境にさえあれば、このブログはたぶん続けていけると思います。

投稿しようとは思いつつ、オフィスに余り嬉しくないゲストを、この2月にお迎えしてから、そちらへの対応のために、先週の月曜(2月27日)からは、月、火、水、木、金、土、日、月、火、水、木、そして今日まで休みなし。かつ、いずれも23時過ぎまで過酷なオフィスワークに明け暮れ、時間と余裕がなかったというのがなかなかブログを更新できなかった理由です。余り嬉しくないゲストというのは、英語でいうとインスペクションというヤツ・・・。上司の答弁書を作成したり、改善案を策定したり、ミーティングを仕切ったりと久しぶりに、この仕事に来る前にやってたような仕事に忙殺されていました。そんなことがイヤになって、今の仕事を選んだのに・・・てか?そんな状況でしたので、まぁ、ご諒解のほど。

それでも、やっと投稿できるようになったということは、ちょっと前までの生活から抜け出せたかって?残念ながら、抜け出せた訳ではないのです。ただ、どうしても現地に飛ばなくてはならない仕事がひとつできましたので、それを奪取して、今日は鹿児島にやってきました。しかしながら、今日は現地に着いて、仕事して、ホテルに戻ってというだけで、どこにも出かけることができませんでした。ですから、鹿児島編の投稿は、また明日以降ということにしたいと思います。

そんな毎日にも拘わらず、NHK大河ドラマ「功名が辻」と並んで欠かさず見ていたのがフジTV系火曜夜10時の「アンフェア」。いかに夜が遅くても、HDDレコーダーに録画しておいたのをチェックしていました。それだけ、佐藤嗣麻子の書いたこの本が面白いということでしょうか・・・。

さて、「アンフェア」も残すところ後2回というところかと思いますが、なかなか黒幕の正体がわからない。黒マスクの誘拐犯が、蓮見だということは比較的わかりやすかったのですがねぇ。

脚本家の佐藤嗣麻子が、原作者の秦建日子の物語をそのまま継承しているとするなら、

「ストーリーのあちこちに、この物語を俯瞰して見ている人たちが、自力で真相にたどり着ける手がかりを散りばめているだろうし、推理もののルールとして、「真犯人は必ず序盤から登場していて、それなりに重要な役どころを担っているのだろうし、複線は常に思わせぶりに書かれていて、そこから事件の真相を推察できる。」

ようになっていると思います。

そのような前提のもとに、真犯人は誰なのか?今日はそんなことで遊んでみたいと思います。(もちろん、ドラマ自体がアンフェアに作られていれば、どうしようもないですけどね)

(事件の流れ)
瀬崎一郎の小説型予告殺人事件・・・第一~第四の連続殺人事件「腐った世の中に、腐ったやり方で波紋を起こす。何かが変わるかもしれない。」という瀬崎の思いから犯行。

牧村紀世子と蓮見杏奈の未央ちゃん誘拐事件(募金型身代金要求事件)・・・二つの目的があり、蓮見は株の仕手戦を通じて、売買益を得ること。牧村は、夫と娘が犠牲になった事故を最捜査させ、真実を暴き、関係者に謝罪を求める。

その後の×殺人事件(未遂も含む)・・・牧村紀世子の射殺、蓮実杏奈の絞殺未遂、広真建設社長広田と日報新聞社編集長武田の×殺人。

これらは、すべて一連のつながりがあるのだろうか?今ひとつ見えない。これらを繋げる他の事件があって、そこから物事はスタートしているのだろうか?ドラマの冒頭のナレーションにある

「世の中にはフェアなことなんて何もない。
目には目を。
復讐には復讐を―
アンフェアにはアンフェアを」

「復讐」という言葉から、この一連の殺人事件は、復讐なのかなぁと思ったりもします。とすると、雪平夏見が射殺した人質を取った少年事件のからみか?それとも、雪平夏見の父親が殺された事件の関連かまだ、そのあたりは見えてこない。

事件のからみからは見えてこないので、現象面から見た消去法的真犯人さがしに切り替えてみましょう。(既に、死亡した者や、共犯としてあげられている者は除く)

(登場人物)
雪平夏見・・・このドラマの主人公。誘拐された未央の母親でもあり、これが犯人ならドラマが成り立たない。
佐藤和夫・・・最後の方に来て怪しい行動を取っているが、これは視聴者にミスリードをさせるためのフェイク。犯人ではない。
山路哲夫・・・これもうさんくさく、怪しい。だが、最初から怪しいという人物はえてして、犯人ではないケースが多い。警察組織の中にいて管理官にまでなっている人間が、その地位を捨てて愚かな行為に走るとは思えない。
小久保祐二・・・こいつもとても怪しい。だが、小久保の最大の関心事は警察の中における昇進であり、昇進の障害となうような行為には走らないと思われる。
安藤一之・・・牧村に撃たれた被害者でもあり、牧村射殺事件のときには、雪平と一緒の現場にいた。それに、第一、安藤は雪平を愛している。安藤が犯人だとしたら、このドラマは三文小説のようになってしまう。
久留米隆一郎・・・瀬崎の事件以降登場していないので、これが犯人ならフェアじゃない。

残るは、三上薫安本正広

この根拠は、第9話の捜査会議の場においてのやりとりであるが、それを紹介すると、

小久保:狙撃ができる人物といえば、第六機動隊にいたご経験のある山路管理官ぐらいですかね。
山路:それはオレが共犯者ってことかぁ?あぁ?オマエいつからそんな口がたたける身分になったんだよ。あぁ?
小久保:私は可能性の話をしているだけです。
山路:ほう、おい、三上。オマエも撃てんだよな?
三上:え~、まぁ、一通り習いましたから。
山路:安本さんもですよね?
安本:はい。
山路:可能性が広がったぞ、小久保!(小突く)。

こんな感じで絞ってみたのですが、如何でしょうか?

さて、それでは黒幕は・・・。

これ以上話したら、最終回が面白くなくなるでしょう?ですから、これから先は、皆さんで好きに想像して、好きに楽しんでください。では、また。

(写真は、夜の東京タワー)

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2006年2月11日 (土)

アンフェアなのは誰?

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今週は2月9日に新潟、2月10日には香川県は丸亀と、両方とも少し前に出かけた件の解決編で(というと意味深ですが、まぁ。フォローのようなものです)出かけてきました。

ここ1~2週間くらいは、オフィスの方がいろいろと忙しくて、なかなか、ゆっくりと旅の時間に浸ることもできず、だからという訳でもないのでしょうが、新しい本を読み始めようという気にもならず、ブログの更新にも「余りねぇ・・・」という感じでした。

新潟に向かう前に八重洲ブックセンターに行って、1冊の本を買いました。本当は、リリー・フランキーの「東京タワー」にしようかなと思ったのですが、「東京タワー」の本自体が重そうだったのと、その時の気分で(多分そうだったんでしょう)、この旅で読みきれる本を物色しました。つまり、本の内容より、荷物の重さの方を優先したんですね。はい。

余談ですが、八重洲ブックセンターは、余りにも本の数が多い(それに店のなかで本を見ている人も多い)ので、自分で探して歩くよりも、読みたい本が決まっているのなら、店員の人に申し出て持ってきてもらった方がいいでしょうね。いろいろな理由から、本は人に探させないで自分で探すもんだと決めてる方も、探すほうに熱がこもる余り、予定の列車に乗り遅れたな~んて、シャレにもならないでしょうから。

さて、チョイスした本は、秦建日子(はたたけひこ)の「推理小説」というタイトル。これは、現在、フジテレビ系で毎週火曜日の夜10時から放映されている「アンフェア」というTVドラマの原作です。なぜ、この本を選んだか?ですか?理由その一、文庫本で軽かったこと。理由その二、このTVドラマの犯人を先に知ってやろうというちょっとケチで、フェアじゃない動機もあってでしょうかねぇ。

秦建日子(はたたけひこ)のことは、前から知ってはいましたが、シナリオライターや演出家としてで、TBS 系の「ドラゴン桜」でかなりメジャーになるまでは、「救命病棟24時」や「HERO」の脚本陣のひとりとして、番組のおしりの方でチラホラとお名前を見かける程度でしたので、小説を書かれているとは、この本を見るまでは知りませんでした。

この「推理小説」という文庫本は317ページありますが、東京と新潟を新幹線で往復している時間内で、予想通り読み切れてお釣りがきました。ですが、予想外のことがひとつだけありました。それは、この本を読み終わっても、このTVドラマ「アンフェア」における犯人は分からなかったのです。なぜならば、この原作本「推理小説」は、TVドラマでいうと第4話までのお話で「小説型予告殺人事件」の犯人の瀬崎一郎を、刑事雪平夏見が射殺したところで終わっているからです。

早く読みきることができたのは、この本が軽薄で内容に乏しいというのではなくて、この原作とTVドラマの設定や内容が殆ど同じだから、つまり、僕にとっては、既に知っていることを後追いするようなものだったからかと思います。設定で違うところは、第四の被害者「愛する者」の理恵子(TVでは松本理恵子、原作では粕谷理恵子)の所属するところなどで、TVでは犯人瀬崎のいる岩崎書房の社員であるのに対し、原作ではW大学4年生でミステリ研究会の部員であること。理恵子は、TVでは雪平夏見の幼なじみだが、原作では赤の他人であること。それから、瀬崎が最後に殺そうとしたのは、岩崎書房の編集長森川ではなくて・・・とあんまり、紹介するとこれから原作を読んでみようという人には、いらぬことですからこのあたりにしておきましょうか。

この原作本の書評なんかをみると、作者が劇作家やシナリオライターという経歴を持っているために、「映像化を前提としたような設定」となっているというように紹介されています。読み終えて、確かにそう思うところもありますが、僕の読後感想のトップは、この人の表現はなかなか面白くて、ちょっと気障かなぁということでした。

たとえば、主人公の女刑事雪平夏見(TVドラマでは篠原涼子がキャスティングされている)が最初に登場したとき、原作ではこう書いている。

そう、雪平夏見は美人なのである。無駄に美人。---安藤は、このフレーズが気に入っていた。無駄に美人。これ以上的確に雪平を表現できるだろうかと安藤は思う。

無駄に美人。こういう表現は普通しないけれど、なんだかうまくハマった表現というか、これが、「美人」というワードにだからうまく収まっているのであって、無駄にアホだとか無駄に性格がいいという表現で使うなら、なんだか訳のわからないことになってしまうんじゃないかと思ったりして・・・。

そして、ラストのところも(もうテレビドラマで使っているので、ここに載っけることをお許しあれ)このように結んでいる。

女刑事は犯人を撃つ。
一瞬のためらいもなく、かつて愛しかけた者を撃つ。
彼女は、泣かない。
彼女は揺れない。
そして、夜が来て、次の朝が来て、彼女はいつもの日常へと戻る。
殺した男の記憶に苛まれることもなく、殺した男を無理に忘れるでもなく、ただ静かに、戻るべき日常へと彼女は戻る。
それがリアリティ。
それが私の信じるリアリティ。

織田信長じゃあないですけど、「で、あるか」って感じですよね。ちょっと気障すぎという感じがしないでもないですが、これが作者のオリジナリティということであれば、それはそれで・・・ということでしょうか。

さらに、この原作のキーワードでもある「アンフェア」ということばは、瀬崎の言葉として原作のところどころに登場するのだが、第三の被害者、音羽出版の栗山が毒殺された後に、警察で事情聴取をされる瀬崎に雪平夏見が質問をするところのくだりが、なんとなく示唆的でいい。

雪平:「アンフェアなのは誰だと思います?」
瀬崎:「・・・自分を正義の側と信じて疑わない人間でしょうね」
雪平:「?」
瀬崎:「アンフェアな行為というのは、いつも『正義』の名のもとに行われる」
雪平:「・・・」
朝食のメニューでも答えるかのように、瀬崎はさらりとそう答えた。

フェアとか正義とか考えると、最近では、やっぱりこの事件のことを考えてしまいます。それは・・・、

新潟出張の少し前のとある夜に六本木に行く機会がありました。地下鉄から下りて地上に上がると、六本木ヒルズの森タワーの威容が聳えていました。まるで不夜城のようだなとその時は思いました。

1月16日に、東京地検特捜部と証券取引等監視委員会がライブドアの捜索に入り、1月23日に社長の堀江元社長や幹部4人を逮捕した時は、報道陣でごった返していた正面ゲートあたりも、いつもくらいの人が行きかっていたに過ぎず、平静を取り戻していました。

人の噂も七十五日と云いますが、あんなに騒がれていたライブドア事件も、加速度的に色あせようとしています。

1月17日から18日にかけてのライブドアショックで、株価の急落によって損したお金を返してほしいなどと、自分の責任を棚にあげて、恥ずかしげもなくテレビで発言する馬鹿な個人投資家がいたり、責任問題の名を借りた足の引っ張り合いなど毎度のことながら不毛の議論に終始する政治家もいました。

最もひどいのはマスコミで、堀江元社長を時代の寵児だとか、さんざん祭り上げておいて、いざことが起これば手のひらを返したように、虚業の錬金術師だのなんだのさんざんのこき下ろして使い捨てです。あるTV番組では、キャスター同士が、「ウチの番組では、ホリエモンを呼んだときも、一切好意的なコメントをしなかったですよね」なんて会話をしていました。こんなのを見るともう開いた口がふさがらないという気持ちになります。

それに、検察だって「なぜ、この時期にホリエモンなの?」他にもっと悪いヤツがいるのに・・・と思っている人は多いんじゃあないでしょうか?

マスコミは正義なの?個人投資家はフェアなの?検察は?政治家は?考えれば考えるほどよく分からない。瀬崎の云った「アンフェアな行為というのは、いつも『正義』の名のもとに行われる」というフレーズが、なぜか心にひっかかってしまうのです。

しかし、時は流れ、人の心は移ろい、そして忘れていく。本質的なことはまだ、何も分かっていないのに・・・。

(写真は、夜の六本木ヒルズ・森タワー)

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2006年1月 4日 (水)

新年になりましたねぇ

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新年あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。

暦どおりだと、(一般的には)4日間で、土日がからまないコンパクトな年末・年始のお休みでしたが、みなさんは楽しいお正月を迎えられましたでしょうか?

僕のほうは、昨年の年末は12月27日~12月30日までお休みをいただいておりまして、1年間の旅の疲れをゆっくり・・・と言いたいところですが、その大半を大掃除等にこき使われて、家事労働に勤しむ中で大晦日を迎えた次第です。

前回の記事でご紹介したように、昨年は、長短取り混ぜて59回もの旅に出ておりましたので、新年の初頭にあたり、今年こそはのんびりやるぞ!、(いや、やろう。え~と、やれるかなぁ?う~ん、のんびりやりたいなぁ~)と決意を新たに・・・しておりました。

しかし、現実はそれほど甘くはないようで、出社すると仕事がてぐすねをひいて、自分を待っていてくれました。嗚呼・・・。

ってことで、また、明日から新たな旅がスタートします。それでは、みなさん今年もがんばって、いきまっしょい(ちょっと、古いかぁ?、まぁ、気にせんといて。)

(写真は、「山王さん」の呼称で親しまれている赤坂日枝神社の初詣風景)

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2005年12月15日 (木)

師走を駆ける (言い訳編)

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お経をあげるために、師匠の僧も東西を馳せまわるとのいわれから、この12月は師走と呼ばれます。

12月の頭に京都を歩いてきたことを最後に、しばらく休筆(というほどたいそうなものではありませんが)しておりました。書く材料が無くなったか・・・と云われれば、全くそんなことはなく、毎日同じオフィスに通っているという人などと比べると、毎日が非日常のようなものですから、そういうことからすると、普段と違うことを見たり聞いたりする機会は格段に多く、話題に事欠くことはなかったですね。

では、どうしてか?まぁ、確かに忙しかった。これはあります。そのうち、後でまとめてサラッと流そうと思っていますが、この12月5日(月)に京都から帰ってきて、6日(火)は東京にいたものの、7日(水)から9日(金)まで再び北海道に飛び、12日(月)は親族に不幸があったために、岡山へのトンボ帰りを行いました。それから2日おいて、今日はといえば、北海道は苫小牧のホテルにいて、久しぶりに原稿を書いている・・・という具合に、結構、大変な日程を泳いでいたんです。

ぜんぜん話は違うのですが、現在滞在しているホテルサンルート苫小牧は、僕がこの仕事を担当し始めてから、本格的な出張としては2回目のときに利用したことがあるのです。当時は、まだ宿泊費に余りお金をかけられる状況ではなかったので、このクラスのホテルが多かったような気がします。

こうして、南向きの窓から苫小牧市内が見渡せる部屋でPCを打っていると、あの頃もそんなことをしてたなぁとなんか懐かしいですね。ただ、そのときと違うのは、昔は、仕事先から戻ってきたら、ホテルで仕事のまとめをしていたんですねぇ。当時はまじめだった・・・。(勿論、今もまじめですがね。) 

さて、話を戻します。

そうか、忙しいから書けなかったのかという言い訳がそのまま通るとならば、僕の中の天邪鬼(あまのじゃく)が「そうでもないんじゃない?」とヘラヘラ笑いだすんじゃないかなぁ?たとえば、「忙しい、疲れるから、今日はもう寝ちゃおう」とか、「休みの日だけど、疲れが溜まっているからダラけちゃおう」とか出張先に同僚と来て、「ちょっと飲みすぎちゃったから・・・」というような、もっともらしい言い訳はたくさんありましたが、でも、そうじゃなくて、書こうという気持ちにならなかったというのが本当のところじゃないかと思うのです。

じゃあ、それはどうしてと訊ねられれば・・・。

たぶん、11月に書きすぎたからかな?と思うのです。だから、書き過ぎへの反動というか、この原稿書き(特に、僕の場合は原稿が長いモノですから・・・)で、自分の脳からずっと放電というか、情報を出しっぱなしだったので、ちょっと充電する期間が必要になったんじゃあないかと思います。まぁ、こんなことから、書く気力が湧いてこなかったってところでしょうかねぇ。

それに、旅が日常になっていて、そこで見聞きしたことを綴るというスタイルを続けるとなると、話題が古くなる前にさばいて原稿にしなければいけないというある種の制約のようなものが生まれてきて、何か時間に追われるというかちょっとしたプレッシャーのようなものがあるんですね。ここが、連続旅ブログのつらいところかと思います。

つまり、旅の途上かまたは、旅から戻って1~2日くらいの間には原稿にしないと、1週間もたてばネタの鮮度は落ちるし、そのうえ、もう次の旅の渦中にいるので、改めて1週間前のものを持ち出して書く気にならないなんてことはザラです。(このような点は、旅の頻度が少ない方で、旅の思い出を綴ることが目的であるというブログなら、あまり気にしなくてもいいのでしょうがね・・・。)

そうは云いつつも、今日こうして原稿を書き始めたのはいいのですが、いつものようにモチーフも定まっておらず、書き終わってみないとどんな内容で、どんな出来栄えかわからないということは相変わらずのようです。でも、書こうという気になっただけ、すこし状態は良くなったのでしょうか・・・。そんなにしょっちゅうでなくていいので、PCに向かうと何の苦も無く、ことばが止め処も無く湧き出てくる・・・というかそんな冴えたときが、たまにはあってもいいかなと思うのです。

まぁ、そんなことで、どうして2週間もブログを更新しなかったかということについて、反省文を書いたようになってしまいましたが、そんなに御託を並べなくても、要するにやる気が無かった・・・。端的に云ってしまえば、それだけのことですけどね。

まぁ、今日はこのへんにしといたろぅ・・・。 (てゆうか、もう超眠い・・・・・・・・・・。)

書いてなかった2週間の総集編(?)ではありませんが、次あたりは、そんな内容で書いてみようかなとは思っています。

(写真は、12月5日、新幹線のぞみから見えた富士山〔上り:新富士駅手前〕)

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2005年11月24日 (木)

45/47は突然でしたが・・・

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11月23日勤労感謝の日、勤労者に感謝とねぎらいの言葉を・・・という日に突然会社から呼び出され、緊急の仕事ですぐ福井に飛んでくれないかとのこと。

「なんだぁ~?」と思いつつ、とにかく内容を説明するからすぐ会社の方に来てほしいとの連絡に従い、とりあえず1泊の準備をした上で家を出ました。

会社からの連絡を受けた時は、洗顔も未了だし、もちろん朝食もまだという状態でしたが、旅支度も整えて約1時間後には出発しました。手前味噌ですが、さすがに旅なれているせいか支度は早い。

会社で仕事の内容について説明を受けた後に、とにかく明日の朝一で動いてくれとの要請を受けて、すぐ出発。本来なら、自分でスケジュールを組むべきところですが、同僚が先に飛行機もホテルもすべて予約してくれており、おまけにレンタカーも手配済みでした。さらに、翌朝から仕事はびっちりスケジュールが組まれており、終了すると結果をもってすぐ帰社とのこと。駄目押しに、VIP級の上司も同行するようで、仕事以外の隙間は全くなさそうな感じでした。

この日、小松空港経由で福井市内に着いたのが、午後8時半くらいでした。取りあえず食事でもということになりましたが、見当をつけていたお店は、軒並み「祭日のため」お休み・・・。ホテルに探してもらって、午後11時までやっている居酒屋に腰を下ろして、地元のお魚などを肴にやっと一献という感じでした。越前ガニは、シーズンには入っていたものの、そのお値段からもちろん敬遠となりましたがに・・・。

翌日、お昼に越前そばは口にできましたが、福井での仕事が終了すると、すぐに小松空港へ。40分ほど時間待ちをしただけで、すぐに機上の人へと早がわりってものでした。

結局、越前海岸も、曹洞宗大本山の永平寺もおあずけでした。そのうえ、福井ではありませんが、小松空港からは、今週のNHK大河ドラマ「義経」のみどころ、安宅の関も目と鼻の先でしたが、残念ながらそこにさえも行けませんでした。

そんなこんなで、4年半もこの仕事をしていて、これまで一度もあたることのなかった福井出張は、突然降って湧くがごとく行くはめとなりましたが、こんな感じであっけなく終わりました。

あと、いよいよ2県で全国踏破となります。多分今年はないでしょうけど・・・。

(写真は、JR福井駅)

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2005年11月 1日 (火)

44/47 ついに・・・

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日本全国をまたにかけて、お仕事をされている方は、結構いらっしゃるんじゃあないかと思います。お仕事の中身は、営業で・・・という方がやっぱり、一番多いのでしょうか?因みに、僕は営業職ではないのですが・・・。

僕のブログにコメントをいただいたある方なんかは、14年で殆ど日本全国を回られたらしく、あと1県のみを残すだけのようです。いやいや、結構すごいですよね。私もこの仕事に就いて4年弱になるのですが、あと4県が未訪問として残っていました。

しかし、この10月31日、残り4県のひとつ岐阜県に足を踏み入れ、全県踏破まであと3つ!となりました。(というほど、たいそうなことでもないのですが・・・)さて、後残す3県はどこでしょう?正解された方には、抽選で粗品を・・・。(興味のある方は、どうぞ考えてみてください。但し、県だけとは限りませんゾ)

この岐阜出張は、日帰りかつとんぼ返りでした。僕のブログのバックナンバーをお読みの方なんかは、「こいつ仕事にかこつけて遊びまわってやがる」と思われている方がひょっとして、いらっしゃるかも知れない。でも、それは、誤解!・・・ですよ。きっと。

僕たちの仕事は、日帰りで近場というのも多いんですよ。ホント。

ブログに書くので、少し盛り上げなくっちゃぁ!・・・てんで、帰りの電車や飛行機を遅くしたり、ネタのために、自腹でいろいろなところに行ってみたりやってみたりで結構涙ぐましい努力を重ねているんですよ。その結果、会社のお金を使って、あたかも遊んでいるように見えてるだけなんですよね。そのあたり、夜露死苦!

結局、岐阜県への初訪でしたが、長良川の鵜飼も金華山ロープウェーも斉藤道三や織田信長の居城として有名な岐阜城なんかもお預けで、また今度(今度とお化けは出たことはないというが・・・)ちゅうことで、11月1日からの寒いぞ北海道・3週連続ツアーの準備のために、オフィスで思いっきり残業三昧。ウチに帰って来たら、日付が変わっているじゃあありませんか・・・。サビシー!

(写真は、JR岐阜駅を南口から)

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2005年10月15日 (土)

越後屋、おぬしもなかなか・・・

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ここしばらく1週間に一度は東京を離れて、出張の旅に出ていたのですが、今週のおでかけはお休みにしました。でも、別にでかける仕事がなかったわけではなく、デスクワークもちょっとたまり気味につき、今週はこれを片付けることに決めました。そのうえ、ここで遅れを取り戻そうと、今日は休日出勤でもするかぁ!と、少し遅めの朝食を食べた後に出かけました。

それにしても、せっかくの休日に仕事だけで出かけるのも、もったいないしなぁと考えていたところ、そういえば、新聞か何かに、最近、江戸時代の越後屋の姿を再現とかなんとかというのが出ていたなぁというのを思い出しました。

ちょっと、話がそれます。越後屋というと、時代劇なんかでおなじみの場面がありますよね。ほらあれです。

(代官に菓子折りを差し出す越後屋、その菓子折は二重底になっている。)

越後屋:「お代官さま、くだんの件、よしなに」。

(菓子折りを手に取る代官。山吹色の饅頭がぎっしり詰まっているのを確認。越後屋を横目に、含み笑い)

代官:「越後屋、おぬしもなかなかの悪よのう」。

越後屋:「いえいえ、お代官様こそ」。

(越後屋の言葉に、二人は大笑いする。それを天井裏から・・・)

皆さんもよく知っているフレーズでしょうが、なぜ、この(悪徳)商人の代名詞に、越後屋(もうひとつ、越前屋というのも割合聞きますが)が使われるようになったのでしょうか?別に蝦夷屋でも薩摩屋でもいいようなものですが。(領地の関係なんかもあって、余り遠くのそれも外様の殿様の領地の商人では、江戸での商売は難しく、そのような関係なんかもあって、力を持っていた越前や越後の商人を揶揄して、こんな風になったのか?そのあたりは、よく分かりませんけれど・・・。)

さて、話を戻しましょう。それがあるという場所は、地図でちらっと見た記憶だと、確か日銀の裏手のほうだったなあ・・・とうろ覚えではありましたが、中央区日本橋界隈は、赤坂に来る前に通っていただけに、土地勘はあるし、どうせすぐ見つかるだろうと高をくくって出かけました。

JR神田駅で山手線をおりて、日本橋は本石町方面に向かい、日銀の周りをうろうろするも、見当たらない。そこで、はたと考え、そうか!三越(百貨店)のほうかも知れないと思い、行き過ぎて(今は中央通りにかかる橋の)日本橋まで行っていたところから、戻りました。

そのまま、中央通りに沿ってまっすぐ進めば多分、すぐ見つけることができたのかも知れませんが、そこからも、自分としては、いったい何を考えていたのか、三越の新館と本館の間の通路に入って、三井本館の裏やらこの7月に竣工したばかりという三井タワービルの横をすり抜けていきました。それでも見つからないので三井第二別館、第六別館、第五別館とまるで三井ビルの見学ツアーのように歩き回りました。

そのうえ、途中で三井ビル関連の駐車場の案内をしていると思しきおじさんに、「越後屋を復活させたようなものがあると聞いてきたのですがどこですか?」と尋ねたところ、「三井本館の2階とタワーの7階に展示してございます」とのお返事・・・。

えっ!展示なの?と一瞬、狐につままれたような気持ちに・・・。

「まぁ、そりゃぁないだろう」と思いつつ、でも僕の尋ね方も悪かったからかなぁ?とか思いながら周辺をぐるぐる歩き回りましたが、それでも見当たらない。このままだと予定した仕事もできなくなるしと諦めて、地下鉄銀座線の三越前駅に向かって歩いていたところ、ビルの一角が瓦葺きの木造建築風になっているところに出くわしました。

「ああ、これかぁ」とやっと目的のものを見つけましたが、第一印象は、渋いというかどちらかというと、トーンが全体的に地味だなという感じでした。そのため、近くを歩き回っていたにもかかわらず、僕の目に止まらなかったようです。だいたい探し物をしているときは、見つからないが、やっと見つけた後に立て続けに見つかるという世の中の常のごとく、

探し物は探すのをやめた瞬間に見つかるという法則を改めて確認しました。

この三井第三別館の一角に設けられた江戸風建築の名は「三井越後屋ステーション」というそうです。せっかくなので、ちょっと中に入ってみましたら、FMのサテライトスタジオやら、越後屋カフェなる喫茶コーナー、屋台、などいろいろ設けられていました。こちらのにほんばし演芸場では、毎週土曜日を中心にいろいろなイベントが催されるようです。興味のある方は、是非立ち寄ってみてはいかがでしょうか。但し、来年3月までの期限付ということですので、お出かけはお早めに!

(写真は、日本橋室町にある三井越後屋ステーション)

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2005年8月11日 (木)

プライベートビーチ

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今週は、所謂、夏休みをとりました。それで、この月曜日(8日)から岡山に戻ってきました。さすが、晴れの国と自らを称するだけあって、一度も雨に邪魔されることはありませんでした。自分の故郷ですから、どこかに観光で・・・というのはあまりしませんけど、瀬戸内海がすぐ近くということもあり 例年少なくとも1度は海に行きます。

首都圏とかその近くの海に、かつては行ったことがありますが、とにかく、すべてにおいて、時間がかかりますよね。ビーチに着く前に、車の渋滞、着いてからは、駐車場探し、入庫待ち、食べ物を買うにも必ず何人か待たねばならないし、帰りのシャワーも順番待ちなんてのはよくあることかと思います。

しかし、いつも行っている沙美海水浴場というビーチには、○○待ちという概念はありません。渋滞?とんでもない。実家から車で20分もすれば、海に着けますし、駐車場探しも必要ありません。車を降りたら、そこには、自分のためだけに海があるんだというような空間が広がっていて、眼前に広がる白砂青松のビーチを独り占めできるのです(要するに、海水浴客が殆どいないのです)。そこで、思いっきり泳ぐもよし、砂浜で肌を焼くもよし、思いのままです。芋の子を洗うような海に辟易としているアナタ、是非、いらしてください。きっと、海を満喫していいただけること請合です。

まぁ、そんなことはともかく・・・

肌をなでる緩やかな海風、強い日差し、白い砂、輝く波、はるかにかすむ瀬戸内の島々、とにもかくにも、いつまでもこのままであってほしいものです。 

(写真は、倉敷市の沙美海水浴場東浜)

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2005年7月25日 (月)

ちょっと前ですけど・・・

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ちょっと前ですが、福島に行ってきました。郡山とか会津若松には、以前にも行ったことがありましたが、福島駅に降りたのは、初めてでした。2日の日程の内、1日目の仕事が早く終了して、他にする事が無かったので、何か見る所でもないかと市内を散策していたら、東京では、めったにお目にかかれない、まだ計り売りをやっているお店を見つけました。小さい頃に、瓶とかボールとか持たされてお使いに行ったな〜。ちょっと懐かしいかも(^_^)

(写真は、お店の案内書)

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2005年7月18日 (月)

クールビズ

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暑いです。この梅雨時の蒸し暑さはこたえますね。今流行りのクールビズではないのですが、僕が普段いるオフィスでは完全なカジュアルでOKなんです。とは言っても、お客様をお仕事のことで迎えたり、同じ会社でも営業部門の店に仕事で出かけたりするときは、やっぱりスーツになりますけどね。(同じ会社なのに片やスーツでネクタイ、片やカジュアルというのは気がひけるでしょ。要するに、気を使っているんです。)だから、出張のときは、こちらもスーツにネクタイです。

このところ思うのですが、体感温度は、九州や沖縄より東京の方が暑いですよね。ビルで風が遮られ、アスファルトはたっぷりと熱を蓄え、その熱が地面から照り返すという感じでしょうが、とにかく都市部の暑さは不快の一言です。それに比べて、やっぱり、地方で海が近くにあるところで、そのうえビルが林立していない所は、それだけで涼しいですよね。また、たくさんの緑があるということが気温の調節という点からは、とても大切な働きをしているのでしょう。

今日のニュースで、愛知万博の会場で、水滴をすごく微細にして散布することで、気温を下げる仕組みを試験的に導入したってのを見ましたが、これは、昔から伝わる打ち水の原理を応用したとのこと、普及させるにはいくつかの課題を解決しなければいけないようですが、こういうのっていいですよね何か。でも、夏は暑いから夏だということで、元気に外に飛び出して行きたいのですが、やっぱ、暑いわ・・・

(写真は、赤坂夜景)

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2005年7月 3日 (日)

初ログ

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普段は、東京は赤坂のオフィスにいるのですが、仕事とはいえ1年に40回から50回くらい旅(仕事用語で言えば出張でしょうか)に出ます。海外にまで行くことはない(多分)と思いますが。それでも、ここ3年余りで、北は稚内から南は沖縄の那覇まで行きました。仕事なので、好きな所に行ける訳ではありません。その中には、とてもおいしい旅を満喫できるような事もあれば、多分仕事でもなければ絶対に行かないような所もあります。でも、どんな旅にも、おそらく普通にオフィスにいただけでは、絶対に目にしたり、耳にしたり、味わったりできないこともあると思います。これから、旅に出かけた時に、ふと思ったことや、目や耳にしたこと、または、今まで訪れた旅先の思い出なんかを思いつくままにしたためてみたいと思い、今はやりのブログにしてみました。今回は、記念の初ブログです。これから、余り気負わずに、続けてみたいと思っています。

(写真は、オフィスからの風景)

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