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2006年6月11日 (日)

今度は今度のままの方が?

福山城

あまり身近な観光スポットというのは、たぶん誰しも行かないものではないでしょうか?私にとって福山城なんかはその典型であって、前回でも触れましたが、郷里がお隣なので、「いつでも行けるから」という考えがあるからか、いつも、「また、今度ね」という感じでした。

ただ、「今度とお化けは出たことがない」という格言?があるように、この「今度」ということの本質は、そもそも気が進まないという意思表示そのものでありまして、そうやってやり過ごして来たんですが、6月8日の夜にホテルからライトアップされた福山城を見て、今回、行ってみるかという気になりました。

もちろんこの福山城も、天守閣を構えるを他の多くのお城のように再建されたもので、正式名を福山城博物館といいます。展示されているものは、福山城に関する書画や刀剣、陶磁器、武具などです。どちらかというと、多分他のお城でも見るようなあんな感じかなと思ったものですから、展示を見るのはパスしました。

そんなことから、ちょっと時間をもてあましたこともあり、例のごとく福山城に関する案内板を転記してきましたので、それをここで紹介しておきます。

福山城は、元和5年(1619年)広島城主であった福島正則の改易により、備後十万石の城主として入封(にゅうぶ)した水野勝成が、3年の歳月を費やして構築した近世の城郭である。
[入封・・・大名が初めて自分の領国に入ること]

低い丘陵を利用した平山城で東・南・西に二重の堀をめぐらし、北には吉備津川を通し、小丸山、天神山を天然の防塁(敵の攻撃を防ぐためのとりで)とした。現在、内外の堀は埋められ、三之丸と共に市街化しているが、二之丸、本丸は築城当時の姿をよく伝えている。

城池には、そそり立つ石垣をはじめ重要文化財の伏見櫓、筋鉄御門や市の重文の鐘櫓などがあり、昔日の姿をとどめている。尚、天守閣、月見櫓、湯殿は昭和41年に、鐘櫓は昭和49年にそれぞれ外観を復元したものです。

福山城の城主は、水野氏が5代、松平氏は1代、阿部氏が十代つとめています。

このようなお城ですから、お城好きの方はおいでになってくだされ。でも、わざわざこのお城だけを目的になんてことは止めといたほうがいいでしょう。そこまで入れ込むとちょっと・・・・・・・・・・ですから。それでは、また。

(写真は、福山城天守閣)

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コメント

imahiroさん  ご無沙汰です。
誰だかわかりますか?
たまに、拝見させていただいてます。
最近、コメントが無いようなので、寂しいかなと思って、初めてカキコさせてもらいます。(笑)
あいかわらず、お忙しいようですね。
最近の記事の中では、白木蓮の記事が面白かったです。ご本人も、最近どうされているのか知りたいところです。
そうそう、我が家では昨年の5月から犬を飼い始めて、女房がそのHPを作成しています。もしお時間があれば見てみてくださいね!
今度、ダブルH氏達と飲みましょう!(今度とお化けは出たことがない?!)

投稿: 92 | 2006年6月14日 (水) 12時52分

92さん、というようりは92と言った方がしっくりするかな?コメントどうもありがとう。しかし、ペットを溺愛するようになりましたか?ペットもいいですけど、あちらのほうはまだダメですか?まだまだそんな歳でもないでしょうから、一言92に言っておきましょう。「励め!」また、その内一献。じゃあね。

投稿: Imahiro | 2006年6月14日 (水) 15時47分

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