路面電車にゆられて



2月23日の昼過ぎに東京を発って、今週は再び(というか、今年になって始めてではありますが)、北海道は函館に行ってきました。
先週の石垣島では、空港に降り立ったときの気温は27度。もうすぐそこに夏の足音が・・・という季節感でしたが、函館では空港に着いた時の気温は2度、空港から乗ったタクシーの運転手さんによると、「ここ数日は少し暖かかったので車道の雪は殆ど融けました」とのことでしたが、歩道の脇には除雪した雪が積み上がっていて、まだまだ冬将軍の支配下・・・という感じでした。
日本の北端の稚内市が北緯45度で、南端である沖縄県の波照間島では北緯20度ですから、確かに日本もそれだけ南北に長いということが言えるでしょう。ですから、同じ日本とはいえ季節感もそれだけ違うということになるのだと思います。因みに、空港に到着した時間だけでいえば、石垣島も函館もほぼ同じ午後4時くらいでしたが、ちょうど両者の気温差は25度でした。ということは緯度で1度下がれば、1度暖かくなるということなんでしょうかねぇ?(まぁ、同じ日の気温の比較ではないし、偶然に気温差がそうなったものかと思いますがねぇ)
さて、今回の予定は、23日の夕方に現地の出先に立ち寄って、ミーティングをしたうえで、翌日の午前中に一仕事して、それで東京に帰るという気忙しいスケジュールでした。ですから、どこかで油を売っている暇は残念ながらありませんでしたが、函館には何度も来ているということもあってか、このタイトな時間をかいくぐってどこかに行きたいという欲求もなく、それよりも、TVでトリノオリンピックでも観ながらゆっくりとした夜を過ごそうか、それとも、いつものように週末に慌ただしくブログをアップするのもなんだからと、この木曜日の夜に1本投稿しとこうかなんて考えながら、当日の宿泊先ホテルニューハコダテに向かいました。函館の出先がある五稜郭公園前から末広町の停留所まで、路面電車に揺られながら約35分のショートトリップです。
函館を走る路面電車について少しだけ。
函館市交通局の路面電車(営業用)は現在35両で、その内の4両は、東京の都電などで活躍していたものから転属された車両です。路面電車の平均年齢は、38歳を越えるとのことで、殆どの車両が、乗客の年齢層を写すように老朽化、おっと失礼、レトロ調で渋い味を出しています。黒ずんだ床板、かすかな機械油のにおい、チンチンという甲高い鐘の音、なんだかそこはかとなく懐かしい気持ちになるのはどうしてなのでしょう。
ピーク時には12系統もあった路線も、現在は、湯の川~函館どっく前と湯の川~谷地頭(やちがしら)の2系統を残すのみですが、今でも函館市民29万人の足としての役割を立派に担っています。
八幡坂(はちまんざか)など函館山に続く多くの坂道から眺めれば、函館港の海を背景に、ゆっくりと横切っていく路面電車のシルエットは、なかなか雰囲気があります。この路面電車は、港町函館の風物詩として、これからも多くの人に愛されていくでしょう。
末広町で電車を降りてホテルに入る前に、函館ベイエリアのメインともいえる金森赤レンガ倉庫群にちょっと寄ってみました。着いた時間が午後8時半くらいでしたので、飲食店以外のお店は閉まっていて、人影もほとんどありませんでした。この前、ここに来た時はクリスマスシーズンでしたのでそれなりの賑わいを見せていましたが、今回は、ライトアップされた倉庫たちも夜の静寂(しじま)のなか、更けていく夜の下でひっそりと息づいているようでした。
(写真上と中は、夜の金森倉庫群)
(写真下は、十字街電停の路面電車)
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コメント
話題がかぶったので思わずコメントします。
去年行った二泊三日の北海道貧乏ツアー。
UPされた函館の倉庫の夜景写真を見て懐かしくなりました。
やはり寒い時期で尚且つ夜だったので人影も少なく早々に引き上げた思い出があります。
数年前になりますが、新潟の知人の所へ遊びに行った折、連れて行ってもらったのが駅近くのお蕎麦屋さん。
「利休庵」だったかどうかは思い出せませんが有名なお店とのことでした。つなぎに海草を使っていて緑色だった。
それまで緑色のお蕎麦は抹茶蕎麦だと思っていたわたしです。
そして、八重洲ブックセンターには最近帰国していた旦那と一緒に行ってきました。
東京へ行くだけで疲れるわたしは、待ち合わせの時間まで1階の同じ場所で立ち読み。旦那は言葉がわからないドイツで読書三昧らしく、単行本の買い込み。
読書もいいけど、欧州の単身赴任生活をブログにしてくれれば楽しいのになぁ・・・
中年カップルで銀ブラして帰ったのですが、帰宅後、わたしと東京行くと新幹線に乗らせてくれないから疲れると旦那に文句言われました。(-_-;)
それにしてもImahiroさんの移動距離に驚きます。
群馬には来ないのですか?
投稿: Gunma娘 | 2006年3月 9日 (木) 00時51分
Gunma娘さん、大胆に切っていただきありがとうございました。思い出の導火線としてこれからも、有効活用してくださいね。尚、群馬には来ないのかって?それは、仕事に聞いてくれって感じです。そのうち、たぶん行くこともあるでしょうけど、いつなのかは分からないのです。
投稿: Imahiro | 2006年3月11日 (土) 01時40分